算法少女

スペシャルインタビュー外村史郎氏

今まで中央都市から地方に発信していたものが、逆に地方から発信することもできる。
地方にも可能性があることを伝えたい

映画『算法少女』
『算法少女』(さんぽうしょうじょ)は、安永4年に江戸で出版された和算書で、当時、唯一の女性著者が書いた珍しい本とあって、その意味でも日本の文化史上貴重な本である。
それをヒントに、1973年児童文学作家 遠藤寛子氏が岩崎書店から小説を出版し、のち2006年には、ちくま学芸文庫から復刊され、2015年に長編アニメーション映画作品となった。

作画に4年を費やし、完成までに7年もの時を要した本映画は、ストーリ―そのものの見どころも多いが、何といってもその映像・音・光の美しさに魅了され、外村監督の壮麗な世界観に引き込まれる。
5月27日(土)都城で上映会が開催され、その翌日外村監督に 映画そして監督自身について話を伺う事が出来た。

生まれ育った都城の環境や景観が映画に影響した?

都城の自然豊かな山や田んぼが広がる田舎の風景は映画の要素にもなりました。若い頃、福岡にも住んでいたこともあり九州の懐かしい風景も重ねています。

7年もの長い年月をかけて作品をつくる中で、支えになったものは?

やっぱり奥さんですね。照れくさくて言えないけど、たくさんの言葉をもらいました。自分にとって〝家族″の存在はとても大きいですね。

1人で手掛けた98分のアニメーション作画

初めから自分一人でやるしかないと腹はくくっていました。

通常のアニメーション制作では、大勢の人が描いて作画の人がそれをセルにして映像にするなど分業で成り立っています。
だから98分もの作品を一人でするなんて馬鹿がやることだと思います(笑)。
私にとって作品づくりは、生きるか死ぬかの背水の陣の覚悟で取り組んでいます。
もともと自主制作で短編アニメーションをつくっていましたから、本作品の話があったとき、どれくらいの年月と労力がかかるか予想はつきました。

初めから自分一人でやるしかないと腹はくくっていました。

でもこの作品ができたことで一人の人間が一つのパソコンで長編アニメーションを描き上げられると証明になったと思います。
そういったことを一般の人にも知ってもらうことで〝将来の選択肢の中の一つに“と奇特な若者が出てきてくれたらうれしいですね。

作品のテーマは?

もともと原作があるので作品自体のメッセージは原作の小説に託されています。
その中で、この映画作品を制作するにあたり〝裏テーマ″を「渡り鳥」としました。
アニメーション作品は、作画、音響、音楽のクリエーター陣が作り上げ、そこにアーティストや声優さんが加わります。
誰かがやってきて誰かが去る。その中で助け合う人間関係を一人一人が築き上げ、人間社会の在り方を「渡り鳥」という言葉に込めて伝えてきました。
この作品自体も助け合う心や誰かを想う優しさが詰まっています。


江戸の描写を描く

オリジナルのファンタジー作品なら7年もかからないんです。
時代劇には歴史というバックボーンがあり自分勝手には描けません。
建物一つ描こうにも今の時代なら容易にどんな建物か想像はつきます。
単純に、江戸時代なら木で出来ていると思って描いてみても全くその画は使えないのです。
江戸時代といっても前期 中期 後期でも素材や構造は違うから時代背景を知り、仕組みを学ばなければ一つの建物すら描けないのです。例えば、屋根瓦は高価すぎて、当時はお城くらいしか使われておらず、長屋は建物の上に板を置き、石をのせて飛ばないようにしているだけなのです。

背景だけではありません。行きかう人々を描こうにもどんな職業の人がいてその職種はどんな着物を身に付けどんな道具を持っているのかとその時代の職業を調べないといけない。
そのために何冊もの資料を読み、資料館訪問や電話で取材をさせてもらいました。ENDクレジットに載せきらない人たちもいて本当に多くの方々との出会いもありました。
一人で作品を手掛けたというのには誤想があって、一人で描きはしたけど、たくさんの人たちに助けられて音響や音楽などが加わり、明らかなチームワークで生まれた作品なのです。

初めの花まつりのシーンでは、新橋の芸者さんが仮音を聞いて「これは浅草の音じゃないよ」とお囃子連の方々を紹介してくれ、実際の音を使っています。

アニメーションといっても単に〝つくりもの″ではないのです。

芝居から監督へ

劇団で芝居をしていていましたが、演じ手も監督もそんなに違うこととは思っていません。
演じる(表現できる)ということは、物事を客観的にとらえることができるということですし、実際に演者と演出どちらも手掛ける人もかなりの頻度でいます。
演出家と監督というのは少し立ち位置は違いますが、自分の中で差ほど区別はしていません。

芝居をしていたので演技として飛び出すところはありますが、商業アニメ的な動きは付けずお芝居的な動きで描画しているのでテレビアニメの表現とは違うかもしれないですね。

せっかくのアニメーションなのだからアニメならではの表現を盛り込んでいます。
例えば、お祝いの席で酔っぱらうシーンがあります。演者でも酔っ払いの演技が本当にうまい人もいれば下手な人もいます。それだけ難しく見どころの一つでもあります。
酔っぱらった状態を「酒に溺れる」というでしょ。ならばいっそ水槽の中で飲んでいるようにと画面に魚を泳がせ、酔っ払う人に水中での動きをつけたり、それくらいはみ出そうと描きました。

一見、画は簡略化されたものに見えますが光や音、繊細な動きによって変わっていくシーンに目が離せなくなります。
もともと良い原作があり、脚本も音も音響もとても優れているので登場人物をアニメーションという世界で思いっきり演じさせることができたのです。

外村史郎という人

小さい頃から絵を描くことが好きで、小学校低学年の頃から、独学で漫画を描いてガリ版印刷などで刷り、ホチキス止めして友達に配ったり売ったりしていて。
一枚描いたものが増えていくという印刷の面白さに惹かれるのと刷り上がってくる紙の香りも好きです。
昔は反発していたこともあるけど、大人になればわかってくるもので田舎の生活や仲間とか家族を大事にすることか、やっぱりそういうことに恵まれたのだと思います。

実家に帰れば庭の手入れを四六時しています。
東京にも少し足を延ばせば、緑の山や川など自然はあるけど、やっぱりそこは観光地です。ここ(都城)は鳥がよく鳴くし、風もよく通ります。生活の些細なところがまるで違います。そういった時間もまた、ネタ探しの宝庫だったりします。

ふるさとの味は、おばあちゃんがつくってくれる「雷豆腐」で、この味だけは途絶えさせたくないとつくり方を受け継いで、自分でもたまに作っています。

ギターやトランペットを演奏したり、史跡を巡り、歴史を刻んだ建物や恐竜の化石を見るのも好きです。

トランペットふるさととは、間違いなく『郷土愛』であり、心の捉え方一つで幸せの場所となる

昔実家の部屋の壁に描かれた絵


tomurasirou

母から見て

小学校2年生の頃、TVを見ながら裏紙にパパパっと書いたニュースキャスターの似顔絵がものすごく似ていて、裏に日付と息子の名前を書いてずっと大切にとってあります。
親というものは、子どもがいくつになろうが心配もしますし、一番応援したいのです。

祖父は、戦後、祖母の実家がある都城に引き上げてきて都城に復員してきた若者を集めて劇団(自由座・歯車座・ぶどう座)をつくりました。当時は、閉鎖的なよその地で非難も浴びましたが演劇に志を持った祖父を祖母はしっかりと支えていました。

だから息子が芝居をしたいといった時も何の抵抗も感じませんでした。
祖母が苦労したのも知っていましたから、精いっぱい応援しよう。時を待とう。とその時の決意は今も変わりません。

もう一つの縁

この『算法少女』の物語は、有馬頼徸(ありまよりゆき)が参勤交代で現在の福岡県から江戸へ出向き居を構えている時期が背景にあります。
偶然にも作品を制作している途中で祖先が有馬藩に仕えていたことを知りました。偶然か必然かいろんな縁が結びついていたのだと思います。

あとがき

HARUKA

アニメーション映画『算法少女』を観させていただいて、画・光・音が一体となって創り出されたシーン一つ一つが美しいままに今でもはっきりと心に残っています。
そんな素晴らしい作品に加え、このインタビューを通して外村史郎という〝人“を知るとこでもともと温かみのある作品がさらにほっこりとした感動を与えてくれました。
あきという少女を通して見る〝人とのつながり″は、助け合う心・人を思いやる心を気付かせてくれます。本当に多くの人に観ていただきたい作品です。

アニメーション映画『算法少女』公式サイト:http://sampo-shojo.oops.jp/